~写真屋の通い袋~

先幕から後幕までの生成物で綴るあれこれ・・・。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

嘉瀬さんの有終の美。私は修行の緒。

嘉瀬誠次さん84歳、花火師人生最後の正三尺玉

「昇曲導付黄金すだれ小割浮模様」

嘉瀬誠次花火師 最後の正三尺玉 1発目 「昇曲導付黄金すだれ小割浮模様」


見事な盆の余韻を味わいつつ、撮影画像をチェック。
そろそろ撤収作業に入ろうかな~?と思っていた まさにその瞬間、
再び立ち昇ってゆく一筋の光・・・
まさか !! 
慌ててフレーミングを取り直し、夢中でシャッターを切る。

2発目 「昇曲導付大輪菊子割浮模様」

嘉瀬誠次花火師 最後の正三尺玉 2発目 「昇曲導付大輪菊子割浮模様」


嘉瀬花火師 渾身の名玉でありました。
その凄さに、まだ写真の腕前がついて行けず、これが精一杯の状況でした。

それにしても、
まさか、2発も上がるなんて・・・ 全く思いもよりませんでした。
プログラム等にも 何処にもそんな事 書かれてません。
事実、花火写真愛好家の皆様にも、うっかり2発目を撮り逃がしたという方がかなりいたらしいです。
私は、下手なりに キチンと2発"一対"で納める事が出来たのは幸運でした。

私が今更ながら花火写真を始めようと決意したのは、
どうしても この正三尺玉を自分の手で記録しておきたかったからです。

以下は、その想いについての駄文のみです。(花火写真ナシ)


思えば私が ハナタレ小僧だった頃から、無意識の内に見ていた花火は殆んどか 嘉瀬誠次花火師の手によるものでした。
私にとっての花火 = 嘉瀬玉 であったと言ってもいいくらいです。
その嘉瀬さんが2002年を最後に花火製造を終えてから、なんかポッカリと穴があいたような気がしてたのです。
確かに、正三尺玉の技術と伝統は 県内の花火師たちに引き継がれ、従来通り長岡まつりでも 後を引き継いだ花火師の手による正三尺玉が見事に上がってはいたのですが、何となく 満たされないものを感じておりました。
だが、今年は長岡市の市制100周年記念の 特別な長岡まつり という事で、嘉瀬さん自身が長岡祭りに対する感謝も込めて、花火師人生最後と決めた特別な正三尺玉を作って下さったのでした。
そのお陰という訳ではないかも知れませんが、本年の長岡祭り大花火大会2日目(8/3)の正三尺玉を担当した 小千谷の花火師瀬沼さんの玉は、ゆったりとした開きの盆で 往年の嘉瀬玉を彷彿とさせるものがあり、嬉しく思いました。

過去歴代の三尺玉を想い、当時一緒に見たヤツらのことに想いを馳せました。
嘉瀬さんのこれまでの三尺玉に感謝の想いを致し、万感の想いを込めての観覧となりました。

(2006.12.08 記す)
尚、この記事は 自分用のメモの場として随時補遺する予定です。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://kayoibukuro.blog81.fc2.com/tb.php/19-6d9a1d9c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。