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~写真屋の通い袋~

先幕から後幕までの生成物で綴るあれこれ・・・。

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もう2年。まだ2年。

もうそろそろ新潟県中越地震から2年ということで、少し寄り道をして堤防道路を通り、長岡市妙見の土砂崩落現場を信濃川の対岸から見てきました。
地震発生時の土砂崩れに母子3人の乗った車が巻き込まれて被災。
ハイパーレスキュー隊を始めとする関係者の努力によって、4日後に当時2歳の男児が奇跡的に救出された現場、と言えば 地元以外でもご記憶の方もおられると思います。 長岡市妙見_中越地震土砂崩落現場_06年10月11日現在
この現場は、長岡市と小千谷市の境に近く、崩落した部分は長岡市ですが 写真右端の赤い橋は小千谷市になります。
通っていた道路は、今でこそ対岸側のバイパスに"国道17号"の名を譲り 県道となって居りましたが、被災時にも 長岡~小千谷間の路線バスの殆んどが通るという生活幹線道路でありました。 赤い橋と崩落部分の間に"浦柄三叉路"というバス停もあります。
(実際、私の母も当日 地震発生の2時間前に小千谷→長岡のバスに乗り現場を通ったそうです。怖)
高速(関越道)のできる前は、長岡以北から首都圏に向うトラック便なども必ず通る、交通の大動脈だった場所です。 現場の道路は降雪時対応の為に山側の路側帯が随分と広かったので、その昔はトラック運チャンの恰好の休憩場所になっていました。
私も数え切れないくらい通行してたし、景色も良くて通るのが楽しみな場所ですらあったのです。それだけに ここが崩れたと知った時は地元民としては大変ショックを受けました。 妙見_崩落現場_部分01

現在の現場道路は来春の開通を目指して 今だ復旧工事中で通行止めです。 以前の道路よりも だいぶ上側の部分を通るようになる模様です。
下の方に 地震時に崩落した路盤のアスファルト面が、当時のままぐにゃぐにゃな姿で残ってます。 左中段の防護柵が、元々の道路の位置です。 妙見_崩落現場_部分02

中央の 木の生えている部分は、写真上端の山の上から落下したものです。 崩れた土砂の量は 東京ドーム1/2杯分に及ぶそうです。 土砂崩れというより山津波ですね。
実は、被災した母子の車もまだ埋まったままだそうな・・・
対岸からではありますが、合掌してまいりました。


《補遺》
その後、地震後2年関連の各種報道で、当時救助された男児が保育園でもひときわ体格も良く元気でいる旨、せめてもの救いに思います。 なんでも 大きくなったらレスキュー隊になりたいと話したり、ジェット機に乗って天国の母や姉に会いにいくと言っているそうです。


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